ImmerNote

ブログ/インプット学習法

クラッシェンの習得・学習仮説とは|覚えた文法はどこで働くのか

三橋竜彰・

「文法書を何周もしたのに、いざ話そうとすると言葉が出てこない」。英語を独学していると、よく行き当たる状態です。

スティーブン・クラッシェンが1982年の著書『Principles and Practice in Second Language Acquisition』で示した5つの仮説のうち、1つ目と3つ目を続けて読むと、この状態を説明する組み合わせになっています。

習得・学習仮説は、大人が第二言語の力を伸ばす道は2つあり、無意識に身につく過程と、意識的に規則を知る過程は別だとする仮説です。 前者を習得、後者を学習と呼び分けます。

そして3つ目のモニター仮説が、学習したほうに役割を割り当てます。話すときに自分の言葉を点検する役割です。

この記事では次の3つを整理します。

読み終えると、「文法をやるべきか、浴びるべきか」という二択の立て方が、そもそもこの2つの仮説の読み方ではないことが分かります。

習得と学習は何が違うのか

クラッシェンは、無意識に身につくほうを習得、意識的に規則を知るほうを学習と呼び分けています。著書の第2章で、5つの仮説の1つ目として置かれているものです。

並べると次のようになります。

習得学習
何が起きるか無意識に身につく意識的に規則を知る
自分での自覚身についた瞬間に気づきにくい覚えたことを自分で言える
説明できるか規則を説明できないまま働く規則として説明できる

本人は、習得された力は自分でも規則を説明できないまま働く、と書いています。母語で考えると分かりやすい部分です。日本語の「が」と「は」の使い分けは、規則を説明できなくても間違えずに使えます。それが習得された力の働き方だ、という整理になります。

この区別が5つの仮説の土台になっています。 残りの4つは、2本の道のどちらについての話なのかで置き場所が決まるからです。並び全体は5つの仮説を本人の言葉で読むにまとめています。

なお、習得の側がどう進むとされているかを扱うのが4つ目のインプット仮説で、中身は理解可能なインプット(i+1)とインプット仮説のほうにあります。この記事は1つ目と3つ目、つまり意識的な側の置き場所を扱います。

モニター仮説は、学習に何をさせているのか

インプットが大事だと聞くと、「それなら文法の勉強は要らないのか」と考えたくなります。ただ、5つを順に読むと、学習は捨てられていません。役割を1つ与えられています。

モニター仮説は、意識して覚えた規則が、話すときに自分の言葉を点検する役割で働くとする仮説です。

学習したものは、言葉を生み出す側ではなく、生み出されたものを見直す側に置かれている、という整理です。

注意

ここから先は、運営者が仮説の文面を読んで考えたことです。本人の著書にそう書いてあるという意味ではありません。理論の確かさについて本人がどう書いているかは5つの仮説を本人の言葉で読むを参照してください。

役割が点検なのだとすると、順番が1つ決まります。

  1. 言いたいことが、習得した側から文の形で出てくる
  2. 覚えた規則が、出てきた文を点検する

点検は、点検する対象があって初めて動きます。 2で使う道具をいくら増やしても、1で出てくるものが無ければ、道具の出番は来ません。「文法書を何周もしたのに話せない」は、この形で読めます。道具は揃っているが、点検にかける材料のほうが作られていない、という状態です。

自分の英語の時間を2つに分けて数える

この区別は、自分の学習時間に当てはめて数えることができます。運営者は英語を教える立場ではなく、学ぶ側です。ここは数え方の一例で、こうすべきだという提案ではありません。

1週間分の英語の時間を、次の2つに割って書き出します。

数えるときに気をつけたいのが、後者のつもりの時間が、途中で前者に切り替わっていないかです。

英語の動画を観ていて、知らない表現が出るたびに一時停止して調べる。その瞬間に、意味を受け取るモードから規則を点検するモードへ切り替わっています。1本の動画のあいだに5回止めれば、5回切り替わります。そうなると、受け取っていた時間として残るのは、切り替えと切り替えのあいだの細切れだけです。

片方が足りないのではなく、片方をやっているつもりの時間が、もう片方に置き換わっていることがあります。

どちらかをやめる話ではありません。インプットとアウトプットの配分そのものは英語のインプットとアウトプットのバランスで別に扱っていますが、ここで見ているのは配分より前の話で、切り替えの回数です。

切り替えを後ろにずらす

調べること自体は減らさずに、調べるタイミングだけ動画のあとへずらす、という方法があります。

観ているあいだは止めずに、引っかかった英文の場所だけを残しておく。観終わってから、残したものをまとめて点検に回す。こうすると、切り替えは1本につき1回で済みます。

運営者が開発しているImmerNoteは、YouTubeの英文を動画を止めずにワンクリックで保存できる無料のChrome拡張機能です。この「残しておく」のところだけを引き受ける道具として作っています。

向き不向きもあります。保存は、押した瞬間に画面へ表示されている字幕を取る仕組みなので、字幕が速く流れる動画は苦手です。気づいてから押すまでの1〜2秒で次の字幕に切り替わり、狙った箇所を取り逃すことがあります。

観たあとに見返すところまでの全体の流れはYouTubeで英語を学ぶ→保存→復習する完全フローに整理しています。

よくある質問

クラッシェンの習得・学習仮説とは何ですか?

大人が第二言語の力を伸ばす道は2つあり、無意識に身につく過程と、意識的に規則を知る過程は別だとする仮説です。前者を習得、後者を学習と呼び分けます。1982年の著書『Principles and Practice in Second Language Acquisition』の第2章で、5つの仮説の1つ目として置かれています。本人は、習得された力は自分でも規則を説明できないまま働くと書いています。

習得と学習は、どちらが大事なのですか?

5つの仮説はどちらが大事かという形では書かれていません。1つ目で2つの過程を別のものとして分け、3つ目のモニター仮説で、意識して覚えた規則には話すときに自分の言葉を点検する役割があるとしています。役割が違うものとして並べられている、という読み方になります。

モニター仮説と習得・学習仮説はどうつながっていますか?

習得・学習仮説が、無意識に身につく習得と、意識的に規則を知る学習を分けます。モニター仮説は、そのうち学習したほうが何をするのかを述べたもので、話すときに自分の言葉を点検する役割で働くとします。1つ目が2本の道を分け、3つ目が意識的な側の置き場所を決める、という関係です。

文法の勉強はしなくてよいということですか?

そうは書かれていません。モニター仮説は学習に点検という役割を与えており、捨てるものとしては扱っていません。なお、これらは仮説として提示されたもので、本人も証明されたものとしては書いていないため、勉強の要不要をこの仮説だけで決められる性質のものではありません。

インプット仮説とはどう関係しますか?

インプット仮説は5つの仮説の4つ目で、理解できる入力を受け取ることで習得が進むとする仮説です。習得・学習仮説が分けた2本の道のうち、習得の側がどう進むのかを扱っています。学習の側の役割を述べたモニター仮説とは、対象が違います。

まとめ

クラッシェンの習得・学習仮説は、無意識に身につく習得と、意識的に規則を知る学習を別の過程として分ける仮説です。そして3つ目のモニター仮説が、学習したほうに、話すときに自分の言葉を点検するという役割を与えています。

ここまでが本人の著書にある部分で、5つとも仮説として置かれており、証明済みのものとしては書かれていません。

そのうえで自分の学習に当てはめるなら、英語の時間を2つに割って数え直すところから始められます。意味を受け取っていたつもりの時間が、止めて調べるたびに規則を点検する時間へ切り替わっていないか。そこを見るだけでも、動画の観方を変える手がかりになります。